2012年08月05日
●オリンピック初のメダルは「テニス」その歴史とは?
サッカー男女ベスト4。メダルとってほしい!
ユニークスタイルの丸谷です。
連日オリンピックニュースで盛り上がっています。
このオリンピック期間中は、唯一といっていいほど
自己保身と謀略に溢れた政治のニュースや汚職や殺人、盗難などのダーティなニュースが少なく
ニュースを楽しみに見れる貴重な期間です。
競泳の男子メドレーでは松田選手が
「(北島)康介さんを手ぶらで帰らせられない。」とのコメント通り、見事銀メダルを獲得しました。
テニスは女子がセリーナがゴールデンスラムを達成し、残る男子は
地元イギリス代表のマレーvsフェデラー。
錦織選手を破ったデル・ポトロを準決勝で逆転の末破ったフェデラーが
試合後にこんなコメントを残していました。
「緊張していた。試合中負けるのではないかと何度も思った。
同時にメダルを獲得した自分も想像していた。
色々な感情が入り混じった。何としても勝って、メダルが欲しかった。」とコメント。
フェデラーが「試合中、負けるのではないか、と何度も思った」
こんなコメントを発表するくらいの特別な試合でグランドスラムとは違った
重圧があったのだろうと思った。
フェデラーでさえ、試合中に何度も負けるのではないかと思うという事実は
もしかしたら、ジュニアたちにとって肩の力が抜けるものなのかもしれない。
錦織選手はベスト8で敗退したが、「国を背負って戦っている」と言った言葉は、
テニス協会もJOC役員を含む強化本部が総出で現地サポートをしている姿を見て、その本気度が伝わった。
すべての競技を通じて、日本がオリンピックに参加し、初のメダルを獲得したのは
1920年アントワープ五輪の熊谷(単複)、柏尾(複)両選手の銀メダルである。
そのオリンピックをきっかけにその後、日本テニス界は飛躍的な活躍を遂げた。
初参加のデビスカップではチャレンジラウンド進出。現在の決勝進出というレベルである。
そして宮城淳、加茂公成組が全米オープン男子ダブルス優勝。
佐藤次郎が年全仏ベスト4、1932(昭7)、33(昭8)年ウィンブルドンのベスト4。
世界ランキングは3位に上り詰めた。
日本テニス界の歴史的な活躍はまだまだあるが、その「きっかけ」となったのが
実はオリンピックとも言われている。
テニス界においては、オリンピックの賞金はゼロであり、四大大会、
国別対抗戦などに比べれば選手の意識は高くはない。
しかしJTAとJOCは4年後にテニスにおいてもメダルをとることを具体的目標にして
男女各々の強化計画を示している。
今回の錦織選手の活躍が、日本テニス界の新しい幕開けとなってくれることを期待したい。
ユニークスタイルの丸谷です。
連日オリンピックニュースで盛り上がっています。
このオリンピック期間中は、唯一といっていいほど
自己保身と謀略に溢れた政治のニュースや汚職や殺人、盗難などのダーティなニュースが少なく
ニュースを楽しみに見れる貴重な期間です。
競泳の男子メドレーでは松田選手が
「(北島)康介さんを手ぶらで帰らせられない。」とのコメント通り、見事銀メダルを獲得しました。
テニスは女子がセリーナがゴールデンスラムを達成し、残る男子は
地元イギリス代表のマレーvsフェデラー。
錦織選手を破ったデル・ポトロを準決勝で逆転の末破ったフェデラーが
試合後にこんなコメントを残していました。
「緊張していた。試合中負けるのではないかと何度も思った。
同時にメダルを獲得した自分も想像していた。
色々な感情が入り混じった。何としても勝って、メダルが欲しかった。」とコメント。
フェデラーが「試合中、負けるのではないか、と何度も思った」
こんなコメントを発表するくらいの特別な試合でグランドスラムとは違った
重圧があったのだろうと思った。
フェデラーでさえ、試合中に何度も負けるのではないかと思うという事実は
もしかしたら、ジュニアたちにとって肩の力が抜けるものなのかもしれない。
錦織選手はベスト8で敗退したが、「国を背負って戦っている」と言った言葉は、
テニス協会もJOC役員を含む強化本部が総出で現地サポートをしている姿を見て、その本気度が伝わった。
あまり知られないないが、オリンピックにおいて
日本が最初にメダルを獲ったのはテニスである。
すべての競技を通じて、日本がオリンピックに参加し、初のメダルを獲得したのは
1920年アントワープ五輪の熊谷(単複)、柏尾(複)両選手の銀メダルである。
そのオリンピックをきっかけにその後、日本テニス界は飛躍的な活躍を遂げた。
初参加のデビスカップではチャレンジラウンド進出。現在の決勝進出というレベルである。
そして宮城淳、加茂公成組が全米オープン男子ダブルス優勝。
佐藤次郎が年全仏ベスト4、1932(昭7)、33(昭8)年ウィンブルドンのベスト4。
世界ランキングは3位に上り詰めた。
日本テニス界の歴史的な活躍はまだまだあるが、その「きっかけ」となったのが
実はオリンピックとも言われている。
テニス界においては、オリンピックの賞金はゼロであり、四大大会、
国別対抗戦などに比べれば選手の意識は高くはない。
しかしJTAとJOCは4年後にテニスにおいてもメダルをとることを具体的目標にして
男女各々の強化計画を示している。
今回の錦織選手の活躍が、日本テニス界の新しい幕開けとなってくれることを期待したい。